森村泰昌モリエンナーレ




静岡市美術館に行った。

森村泰昌氏の「森村泰昌モリエンナーレ まねぶ美術史」が開催されている。
たとえば岡本太郎の作品と、それにインスピレーションを受けて創作した自身の作品、というように、ひたすら芸術家の作品と自分の作品を対比させて展示、最終的にこのようにいきついた、という「自分史」のような構成となっている。

この方の本を読んで面白いと思ったので、見に行った次第。

そもそも、誰かの真似すること自体とても難しいと思うし、「所詮パクリじゃん」という冷ややかな見方をする方もいるかもしれないが、これはこれで面白いと思う。
森村さんは、はっきりいってこれだ、という代表的な名作があるわけではないが、「正体不明」「このひと一体なにがしたいの」と思わせるようなところが魅力なんだと思う。
芸術鑑賞に関する本もたくさん出しているが、高い文章力も含めて、マルチな才能を持っている人ですね。




ここ数日は、荒木陽子さんの「愛情生活」を読みなおし。



荒木陽子さんは、写真家アラーキーの奥さんね。既に故人。

この方のエッセイ、本当にすごい。
ヘタなプロより、いやプロより全然面白い。
感性が豊かで、突き抜けていて、ふわふわしているようで芯があり、常に現実と夢のはざまで生きているような感覚。

この本も大好きで、一生かけて何度も読み返すだろう。
人間くさい、率直さ、あけっぴろげな二人(荒木夫妻)の性格はとても痛快で、反面とても切なくもある。  

2012年05月09日 Posted by ツルゲネフ at 00:28Comments(0)TrackBack(0)美術館

草間彌生展をみにいってきた

松井冬子展に続き、今度は草間彌生展です! 大阪まではるばるいってきました。
たびたび遊びに行っている、磐田のギャラリーパッションの玉井さんとその友人が「今度、草間彌生展にいきつつ大阪の写真を撮りまくるよ」という話を聞いて、ぜひともオイラも連れてってくれえ!と我儘を言って、一緒に行くことになったのでした。
玉井さんも友人の方も写真の腕が凄く、そのハイセンスな方々がどのように芸術を見、写真を撮っているのか、とても興味があったから。
玉井さんとこにはまだ4回くらいしか行ってなくて、たいして仲良しというほどでもなかったのだが、「これは飛躍するチャンスだ」と確信したので、強引についていきました。
何かを勉強させていただくにも、待っているだけではダメだ、自ら割って入る少々の強引さと熱意が必要ですねー。

ということで、40歳ほども年齢が違うお二人と私という、変な組み合わせで大阪に行ったのだった。
都会の美術館にいくにもカネがかかるけど、それくらいは勉強代としてどーんと支払いしなければ成長できない。



草間彌生さんという有名な画家のことも、知ったのは本当に最近。
なんでこんなに無知なのかバカめ!と自分を責めたいほど、芸術に疎すぎるわたし・・・。

大阪駅から草間彌生展をやっている国立国際美術館まで、遠回りして写真を撮りながら歩く。
玉井さんと友人の写真は、モノクロでひたすらスナップ、という森山大道スタイル。
方向性は一緒だが、惹かれる被写体や写真の撮り方が全然違って面白い。
友人の方は写真を撮ったのかわからないくらい、さりげなく瞬殺しスタスタ進んでいくのに対し、玉井さんはしゃがんだりまわりこんだり、同じ被写体をいろんな角度から粘り強く撮り続ける。

私はその中間というかんじ。
美術館までの1時間の間に、結果的に一番多く撮っていたのは私であった。この時点で260枚。
無理に沢山撮っているわけではない。興味を惹かれるものがそれだけあるということと、初めて玉井さんに会ったときに言われた「量から質が生まれる」という教えを忠実に守っているのである。
或る程度のレベルに行けばじっくり、でいいのだろうが、ド初心者の私はひたすら素振りでもやるしかないのだ。
あせらずだんだん素振りの質をあげていけばいい。


国立国際美術館。
草間さんの水玉オブジェが目立つ。


入館料は1400円とやや高め。
しかし、展示は本当にすごかった。

松井さんのようなぞわぞわ攻めてくる迫力とは全く別で、もっと直球的な、どかんとぶつかってくる迫力。
絵の1点1点ががなにしろ、めちゃくちゃ大きいのだ。
彼女は実際精神病なのだが、病的といえるようなアイデア、しかし暗さは微塵もない。
とにかく明るくてポップな絵ばかり。
精神のバランスを崩している人が、絵の構図や色彩では素晴らしいバランス感覚を表現している。
絵でバランスをとってどうにか生きている、というところか。

しかし、意外だったのは彼女の「アンディ・ウォーホールを超えてトップに立ちたい」という発言。
私は、彼女は無邪気に無心無欲であのような絵を吐きだすかのように描いているのだと思い込んでいた。
ちゃんと野心があるのである。狙って描いている。
それを知ったとき、「何かを残したい、伝えたい、こうありたい」という強い意志を持つことの大切さを実感した。

草間彌生展は4月8日までやってますので、ぜひ見に行ってください。

草間彌生HP http://www.yayoi-kusama.jp/j/information/index.html

国立国際美術館HP http://www.nmao.go.jp/


美術館を出た後も、18時くらいまで写真を撮りまくる。
美術館から心斎橋、なんば、とトータル10キロは歩いた。
登山をやっていた私が「疲れたから休みましょう」と言いたくなるほど、70歳近い二人が超元気なので驚く。

そんなこんなで、私が撮った写真はトータル900枚くらい。
そのうち、500枚を削除し400枚に整理した。大変だった・・。

一部のせます。
玉井さんに影響されてモノクロばかりになっている私ですが、個人的には森山大道よりアラーキーのような情むき出しの写真のほうが好き。ま~、とてもそこまでいけないけど。
もしかしたら一眼レフは持たないまま一生終わるかもしれない。コンデジだけで撮る気軽さが好きだね。











  

2012年03月02日 Posted by ツルゲネフ at 11:27Comments(2)TrackBack(0)美術館

松井冬子展をみてきた

今日は久しぶりに、横浜に行ってきました。

まず、横浜美術館へ。今話題の「松井冬子展」を観に。
松井さんのことは1カ月前くらいに初めて知りました。
すごい美貌だけど、なんか「鎧」をつけているというか、「武装」している感じがする。
ナルシシズムというものを自己表現しているのかな。

行く前に本で代表的な絵は見ていたけれど、やっぱり、紙面で観るのとは違い、ホンモノは迫力が全然違う。
絵画と対峙するのに、精神力と体力が必要だ。
だって、描いている人がものすごいエネルギーかけて描いているんだもの、伝わらなければおかしい。
テクニックや表現力とか、見せ方もあるだろうけれど、マジでやればやはり絵画とか写真とかモノとかには魂が乗り移るものだと思った。
松井さんの作品は内臓が露出しているものとか、グロッキーな面ばかりが取り上げられるけれど、グロくない画も多くあり、それもよかった。
特に下絵、デッサンがたくさん飾られていた。
無知な私はああいう正しい?正統法で描かれたデッサンを観たのも初めて。
東京芸大とか行く人はあのレベルが当たり前なのかもしれないが、個人的にはデッサンの凄さにやられた。
基礎を徹底的にやることの大切さ、みたいなものを感じた。

本当に昨年あたりから、芸術というものに人生で初めて触れていくようになってから、すごく生活が豊かになった気がする。
気がする、というか、確かになった。
今までの私は、美術館=退屈、というイメージしかなく、美術館なんて片手で数えられる程度しか行ったことがなかった。
行っても、皆が立ち止まって見入っているのをしり目に、一人スタスタ速足で通り過ぎるという。
要するに、何も見てなかったし、受け止める感性がなかった。

遅まきながらもそれが少しでも芽生えてきたことが、本当に嬉しく感じる。
部屋には気に行った写真やらポストカードやらを色々飾り、気分によって取り替え生活に彩りを添える、こんな単純なことで生活が豊かになるのだなあと。


横浜美術館で4000円ぶんくらい、ポストカードを買ってしまった・・・
あと、この本も買った。



「超・美術鑑賞術/おカネをめぐる芸術の話」 森村泰昌

帰りの新幹線でだいたい読んでしまった。

美術に触れてこなかった私のような人間は、鑑賞するのになんか構えてしまうというか、芸術は「難しいもの」「崇高なもの」「スバラシイ解釈をしなければ」とカン違いしてしまいがちである。
その思い込みが、この本で、少し楽になった。

森村さんは「美術鑑賞の極意」として、5点挙げている。

1 おもしろければ、(解釈が)間違っていても良い
  おもしろいとは、笑えることではなく「興味をそそられた、感動した何か」のこと。

2 アートはイートである
  毎日食事をとるのと同じくらい、身近で自然なこととして味わえばよい。

3 今も昔も変わらない
  人間が感じる生きる上での喜びや苦しみは、今昔変わらない。

4 美術の歴史とは、数珠つなぎになった贈り物のことである
  過去に生み出された美術作品は、後世に生きる者への贈り物だ。

5 笑っても泣いても、芸術は生まれる
  幸福でも不幸な状態からも、どこからでも芸術は生まれる。

こういう視点を与えてもらうことは、有難いというか、気が楽になりますね。
読んでよかった。



美術館のあとは、山下公園、横浜中華街へ。

油断すると、道端に立っているチャイニーズから「テンシンアマクリ」をねじこめられてしまう。
テンシンアマクリをめぐる攻防が大変であった。




プランターに捨てられまくっているテンシンアマクリの残骸。





今日はくもりっぱなしで、天気がいまいち。

中華街にいったけど、何ひとつ買わずに帰った。
やっぱり人間が多いところは苦手だなー。  

2012年02月26日 Posted by ツルゲネフ at 22:22Comments(2)TrackBack(0)美術館